タイトル:Be Water
探究領域:共存共生
セントラルアイディア:「上善水の如し」
ただ、今回は「環境問題」としての「水」、「エネルギー問題」としての「水」、「安全保障問題」としての「水」という側面だけでなく、日本人である自分たちにとって「水」が生き方にどう影響しているかを考えます。なのでセントラルアイデアは「上善水の如し」です。えっ?何それ?と目を丸くすることなかれ。水に恵まれ、水の素晴らしさとパワー(自然災害を引き起こす荒々しさを含めて)を熟知しているわたしたちだからこそ水「を」学ぶのではなく、水「から」学ぶことがあるのではという探究に挑戦です。
テーマ学習『食わせ者』でフードロスについて追究した子ども達は、食べ物をムダにすることは水をムダにすることになるとよく認識していました。他の国から輸入した野菜や肉などを廃棄すれば、それらの食品を育てるために用いた水をムダにするからです。「仮想水」と呼ばれている問題です。
「水は命の源なんだよね」
ちょっとかっこつけ過ぎな発言であることは否めませんが、水がないと生きていけない。だから大事。という「意識」はあるのです。ただ、大人も含めて、現代人に欠けているのは、大事・貴重だとわかっているし、「節電」のみならず「節水」機能のついた製品を用いて使用量を減らす努力をしているものの、水を獲得するのはと〜っても大変なんだ!という危機感はないということです(東日本大震災から時間がたつにつれ、電力に頼らない生活への意識がどんどん消失していることと根は共通していますね)。
「やっぱさあ、水のリサイクルが大事だよね」
例によって「水」についての prior knowledge を探ろうとしたら、いきなり自分の家で水をきれいにできるか?ということについて子どもたちの意識が向いていることが明らかになりました。
水を浄化する手段があり、それを用いれば汚れた水を飲み水になる。「ろ過」すればいい。「沸騰」するといい。本で読んだり、テレビで見たり、どこかで聞いた知識を明らかにしてくれる子がいます。
「重いものは時間がたてば沈むからきれいになるよ」
細かい網みたいなものに水を通せばそこにひっかかってさらにキレイになる。透明でキレイな水になったら沸騰させる。するとバイキンが死ぬ。
一部の子どもが発した意見に触発されて、いろいろな考えが出てきます。
「納豆のネバネバが水をキレイにするんだよ」
テレビで見たという。最近の娯楽情報番組は、物事のプロセスを明らかにしたり、面白い発見を伝えたりするものが多い。それでもうわかった!となってしまえば問題だが、探究のきっかけにするならとても役立つ。
早速、誰かが i-pad を使って調べてみると、納豆のネバネバ成分を抽出した薬剤が浄水に役立つということがわかった。阪神淡路大震災を経験し、水不足に直面した会社経営者が、泥水や汚水を飲料水にする方法を考えた。そこでたどりついたのが、納豆のネバネバ成分によって汚れを凝集し、沈殿させるというやり方だった。
「でもさあ、それでも消えない化学汚染物質もあるんじゃないの?」
3・11以後、原発事故による放射能の影響をどこかで耳にしている子どもたちは、こういう点に敏感になっているのかもしれない。
蛇口から出てくる水道水やペットボトルの水は平気で飲める。お腹も痛くならない。しかし、川の水は、透明でキレイそうに見えてもちょっと飲むのはどうかと躊躇する。目に見えず、すぐには肉体的不調を起こさない「毒物(汚染物質)」もあるので、水道水やペットボトルの水が安心とは言い切れない。とはいえ、毎日、キレイな水を入手するのに苦労はしていません。この生活が当たり前になっている私たちのあり方についてふりかえる必要はありそうです。
「上善水の如し」について考える前に、まず「水があるから上善の生活ができる」ということについて考えてゆきます。
RI
※TCS2014年度探究テーマ一覧は、こちらよりご覧ください。
探究領域:共存共生
セントラルアイディア:「上善水の如し」
[3・4年生]
水のテーマ学習と言えば、著書『探究する力』でも取り上げているように定番のひとつです。一般の学校でも「水」に関する総合学習はよく行われます。その場合、「水」は貴重な資源なので大切に使おうという話だったり、上下水の仕組みがどうなっているか知る学びだったりします。途上国だけでなく先進国でも水不足が進んでおり、これから石油ではなく水を巡る「争い」が起こるという展開もあるでしょう。限られた水を有効に使うために、ハイテク技術をどう活かすかということを追究することもできます。ただ、今回は「環境問題」としての「水」、「エネルギー問題」としての「水」、「安全保障問題」としての「水」という側面だけでなく、日本人である自分たちにとって「水」が生き方にどう影響しているかを考えます。なのでセントラルアイデアは「上善水の如し」です。えっ?何それ?と目を丸くすることなかれ。水に恵まれ、水の素晴らしさとパワー(自然災害を引き起こす荒々しさを含めて)を熟知しているわたしたちだからこそ水「を」学ぶのではなく、水「から」学ぶことがあるのではという探究に挑戦です。
テーマ学習『食わせ者』でフードロスについて追究した子ども達は、食べ物をムダにすることは水をムダにすることになるとよく認識していました。他の国から輸入した野菜や肉などを廃棄すれば、それらの食品を育てるために用いた水をムダにするからです。「仮想水」と呼ばれている問題です。
「水は命の源なんだよね」
ちょっとかっこつけ過ぎな発言であることは否めませんが、水がないと生きていけない。だから大事。という「意識」はあるのです。ただ、大人も含めて、現代人に欠けているのは、大事・貴重だとわかっているし、「節電」のみならず「節水」機能のついた製品を用いて使用量を減らす努力をしているものの、水を獲得するのはと〜っても大変なんだ!という危機感はないということです(東日本大震災から時間がたつにつれ、電力に頼らない生活への意識がどんどん消失していることと根は共通していますね)。
「やっぱさあ、水のリサイクルが大事だよね」
例によって「水」についての prior knowledge を探ろうとしたら、いきなり自分の家で水をきれいにできるか?ということについて子どもたちの意識が向いていることが明らかになりました。
水を浄化する手段があり、それを用いれば汚れた水を飲み水になる。「ろ過」すればいい。「沸騰」するといい。本で読んだり、テレビで見たり、どこかで聞いた知識を明らかにしてくれる子がいます。
「重いものは時間がたてば沈むからきれいになるよ」
細かい網みたいなものに水を通せばそこにひっかかってさらにキレイになる。透明でキレイな水になったら沸騰させる。するとバイキンが死ぬ。
一部の子どもが発した意見に触発されて、いろいろな考えが出てきます。
「納豆のネバネバが水をキレイにするんだよ」
テレビで見たという。最近の娯楽情報番組は、物事のプロセスを明らかにしたり、面白い発見を伝えたりするものが多い。それでもうわかった!となってしまえば問題だが、探究のきっかけにするならとても役立つ。
早速、誰かが i-pad を使って調べてみると、納豆のネバネバ成分を抽出した薬剤が浄水に役立つということがわかった。阪神淡路大震災を経験し、水不足に直面した会社経営者が、泥水や汚水を飲料水にする方法を考えた。そこでたどりついたのが、納豆のネバネバ成分によって汚れを凝集し、沈殿させるというやり方だった。
「でもさあ、それでも消えない化学汚染物質もあるんじゃないの?」
3・11以後、原発事故による放射能の影響をどこかで耳にしている子どもたちは、こういう点に敏感になっているのかもしれない。
蛇口から出てくる水道水やペットボトルの水は平気で飲める。お腹も痛くならない。しかし、川の水は、透明でキレイそうに見えてもちょっと飲むのはどうかと躊躇する。目に見えず、すぐには肉体的不調を起こさない「毒物(汚染物質)」もあるので、水道水やペットボトルの水が安心とは言い切れない。とはいえ、毎日、キレイな水を入手するのに苦労はしていません。この生活が当たり前になっている私たちのあり方についてふりかえる必要はありそうです。
「上善水の如し」について考える前に、まず「水があるから上善の生活ができる」ということについて考えてゆきます。
RI
※TCS2014年度探究テーマ一覧は、こちらよりご覧ください。