[5・6年生]
「今回のテーマでは死を探究するわけではない」このことを初回の授業で一番強調しました。確かに、「死」について追究を進めて
ゆくのですが、それはゴールではありません。ちょっと扱い方を間違えると、興味
本位、面白半分に「死」を取り上げることになりかねません。単に恐がらせたり、
気持ち悪がらせたりするために「死」について考えるのでは毛頭なく、私たちが
「生」の意味をつかむために、誰もが避けることのできない「死」の「現実」を直視
するのだということをしっかりと伝えました。
「テーマタイトルは何?」
「個の尊厳だよ」
「???」
死ぬことが生きることとつながっていそうだ……という説明までは、なんとなく
わかったような顔をしていた子どもたちでしたが、「個の尊厳」と言われるとまったく
ピンと来ない様子でした。
「個の尊厳という言葉の意味について今つかめなくても全然構わない。ただ、なぜ
人は死ぬのか考えても、絶対に正解はでない。そんなことを必死に考えて、考え
抜くことが今回のテーマなのだ。だからどうか頭に思いっきり汗をかいて、ついて
きてほしい」
ミッションの中味はつかみ難いものの、ミッションの厳粛さと取り組まざるを得ない
永遠の課題であるということは、子どもたちの胸に深く刻みこまれたようでした。
これまでにない「重い雰囲気」のすべり出しとなりました。
学びへの「心構え」を示し終えたところで、いよいよ「死」について個々にイメージ
マップを書いてもらい、子どもたちの既有知識を探る作業へと移ります。まず、頭と
気持ちの柔軟体操として、
「ずっと死なない方がいいと思う人はいる?」
とたずねてみました。するとだれも手を挙げようとしません。みな悩んでいる様子
です。しばらくするとある子が
「苦しまなければならない状態でずっと死ねないのはつらすぎる……」
とつぶやきました。その声に呼応して、別の子が、
「自分のことを愛してくれている人とか、反対に自分が愛している人がいなくなって
自分だけ生きているのはいやだ……」
という意見を述べました。
この後、やがて死ぬとは、時間に限りがあるということで、だからこそ、生きている
うちに精一杯がんばろうという張り合いが生まれるのではないか、という結論めいた
発言も出てきました。
「マンガには不老不死ってよく出てくるんだよね」
「でも、ただ不老不死でもやだな。病気で苦しんでも、怪我させられても死なないん
じゃかえってつらい」
「自分の理想の年齢で止められて不老不死ならいいんだけどな」
「無病で、幸福で、友達も親しい人もみんな生きていて、理想の年齢で止められて
……不老不死ってけっこう条件があるんだな」
「結局、時間が止まっているっていうことじゃない。それじゃあきっとつまらないと思う」
不老不死は果たして幸せか……学びの開始早々、子どもたちの議論は核心をつき
始めました。生きることは「動いていること」「変化していること」。しかし、死は「止まっ
ていること」「変わらないこと」とするならば、ある一点で止まり、波風がないことは
「生」とは言えないのでは……
素の意見を言いながら、ただ茶化しただけのふざけた話し合いに堕さず、かといって
優等生的な本音を隠した無味乾燥なものにもならない。テーマ学習で培ってきた
“ディスカッション力”に驚かされました。
このような議論の果てに、いざ、イメージマップ作り。「死ぬってどういうこと?」
という問いかけに対し、子どもたちは、集中し、黙々と書き続けます。スイッチが
入った感じです。30分ほど経過したところで終了し、みんなで書いたことをシェア
しました。
動かない、葬式、会えなくなる、息をしない、片道切符、すべての器官が止まって
しまう、火葬する、お墓、真っ暗な世界、冷たい……
「なんでお葬式のときに記念写真を撮るのかな?」
1年半前、お母さんを亡くし、肉親との死別を経験した子がつぶやきます。お棺の
中を撮影したり、祭壇の前でみんなで写真を撮影したりすることにどんな意味が
あるのか……その子は、今だからこそ、その時に口に出せなかった本心を思わず
口にしたのでしょう。他の子どもたちも、みな彼のお母さんの葬儀に参列しており、
身近な人の死について鮮烈な記憶がありました。その共有体験を出発点にして
いるからこそ、子どもたちの議論とイメージマップ作りは、「本気」になったのだろう
と感じました。「死」を「わがこと」としてとらえる地盤が既に築かれていたのです。
それゆえに、さまざまな本質的な疑問が子どもたちから出されました。
「なぜ毎日、多くの人々が死んでゆくのに、一人ひとりを大切に送ろうとすることを
やめないのか?」
「生きていても死と同然のことはあるのではないか?」
「死とは結局、無なのではないか?」
「時間と空間が消えてしまうことが死では?」
これらの「問い」を深めてゆくためには、まず、「死」の「現実」について知ることが
必要です。そこで、遺体修復を行うエンバーマーであり、残された遺族のグリーフ
ケアに携わっている橋爪謙一郎さんをインタビューします。より深いインタビューを
行うために、予備調査として、橋爪さんはどういう人で、どんな仕事をしているのか、
橋爪さんをモデルにしたテレビドラマや著書を通じて調べてゆきます。
RI
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