【探究領域】共存共生
【セントラルアイディア】互いの人権・自由・正義の尊重が平和の基礎となる。
<テーマ学習 レポート>
さて、2週目の終わりに「今現在の世界」に目を向けたことから、
3週目には「人権が脅かされている」と感じるニュースや時事問題に注目し、自分たちで集めてきたものをシェアしていくところから始めます。
・シリア問題 ・サハリン(植民地)と残留孤児問題 ・徴兵制度
・パレスチナ問題 ・ナチスドイツのユダヤ人迫害 ・世界の貧富の差
・カルロス・ゴーン被告の事件 ・コロナウイルス感染拡大による差別
・いじめ ・虐待 ・インドネシアがIS参加で拘束された国民の帰国を認めない事件 ・環境難民問題 ・中国を批判したサッカー選手がゲームから削除された ・ロヒンギャ難民問題 ・台湾で同性婚実現 ・身分制度や人種差別 ・育児放棄 ・赤ちゃんポスト などなど
多様な視点から「人権問題」を捉えようとしているところが見受けられるラインアップですね。それらをSharp zoneにペタペタ貼り出し、報道ルームをつくっていきます。
そしてここからは、一人ひとりがジャーナリストとしての目線を培うべく、実際のニュースを議題にディスカッションを行うことにしました!
本来ならば貼り出したすべてのニュースについて話し合いができればベストなのですが、時間は限られている。。。。
そこで今回は、3つのトピックを議題に背景を紐解いた後、
それぞれの考えを主張していくことにしました。
1つめは、ちょうど3月16日に判決が下された「相模原障害者施設殺傷事件」
2つめは、あいちトリエンナーレで巻き起こった問題「表現の不自由展・その後 における中止騒動」
3つめは、一時期一触即発状態だった「アメリカvsイランをめぐる問題」です。
特に、1つめのトピックは「死刑」を扱う問題ということもあり、
子どもたちの間でも意見が多いに割れるディスカッションとなりました。
「自分の命は失くせないくせに人の命(障害者)は奪えるのは許せない」
「悪いことだと思うが、なぜそう思ったかを知るべきじゃない?」
「正常の心じゃできないと思う。被害者は「まだ生きていたかったなぁ」と思うだろう。どこかで考え直すことができていれば・・・・」
「それでも被告は死刑にはなってほしくない。また命が失われるだけだから。それよりも残りの人生で償ってほしい」
「でも本心をぶっちゃければ、人を一人殺したとしても死刑になるべきだと思う」
ただ人は、周りに影響を与えられる存在だからこそ、いくら人を殺したとしても、その人を死刑にしたら悲しむ人がいるかもしれない・・・
そう考えると子どもたちの心も揺らぎます。
しかし一方で、「でもやっぱり、ある人のために、ある人を奪えないよね」というキッズの言葉。
人権に照らしたとき、一人ひとりに生きる権利や自由はあるけれど、それを他人が奪うことの意味とその制裁についてどう考えることができるんだろう。そんな葛藤が子どもたちの中で渦巻いている様子が伝わってきます。
同じように、「表現の不自由展・その後 における中止騒動」や「アメリカvsイランをめぐる問題」についても、事象だけみれば”権力や勢力の差”、”声の大小”、”立場の違い”から、どちから一方を「正」、そしてもう一方を「悪」と判断しがちになる。そしてそれを互いの立場から声高に叫び続けていることが共通点なんじゃないか?と、話していく中で子どもたちも気づき始めます。
それこそがまさにセントラルアイディアにある「正義」そのもの。
かの哲学者たち(ソクラテスやプラトン、ベンサムなど)がずーっと議論し続けてきているように、「正義」とは明確な定義はできないものの、それを判断する基準があるのでは?
今回、参考図書『正義の教室』を使いながらみていく中で、
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我々はみな、「正しさ」を求める存在であり、
なんらかの正しさを基準にしなければ考えることも
生きることもできない存在。
ゆえに、自分が何を正しいと思っている人間なのか。
何を正義だと思う人間なのか、我々は問い続けなければならない。
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そんな一文がありました。
それぞれの「正しい」と思う基準。
それが違うことで衝突や対立につながっていることもあるのか。
しかしその対立や衝突をそのままにしておいても、
解決することはなかなかに遠い道のりでしょう。
だったら、どうすれば「平和」を実現できるのか。
これからは、一人ひとりがこの「平和」について考え主張していきます。
MK
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(参考) TCSテーマ学習について、以下よりご覧ください。
2019年度 年間プログラム(PDF) ・ テーマ学習一覧表(実施内容)