[5・6年生]
絵本を読んだり、橋爪さんや是枝さんにインタビューしたりして、
死ぬという生理学的な事実について、そして、自分が「感知」でき
る「死」である「他者の死」、それも自分と縁ある人の「死別」が
自分の「生」にどんな影響を与えるのかについて考えてきました。
「死別」にはさまざまな形があります。肉親や友人が突発的な事故
や病によって逝ってしまったら、その「死」は立ち直れないほど大
きな「喪失感」を与えるでしょう。また、いじめなど理不尽な状況
から抜け出せそうもないと考えたとき、自らの命を絶ちたいと思っ
てしまうかもしれません。このように、「死」がやり場のないグリ
ーフ(悲嘆)をもたらしたり、逆に、グリーフが自らを「死」に追
いこむかもしれない中で私たちは生きる宿命にあります。
衝撃的な死が自分にどんな影響を及ぼすかといくら想像してみても、
実感はわかないでしょう。その苦しみを想像し、共感したところで、
自分がそうでない状況で生きている限り、どうしても「他人事」と
して「つらそうだ」「かわいそうだ」と思うことしかできません。
世の中にあふれる「衝撃的な死」について知り、想像し、考えてみた
としても、「自分がそんな境遇になったら生きていけない……」と
いう「恐怖感」をいたずらに増すことはあっても、現実にそのよう
な境遇に陥ってしまったときには一切役に立ちません。理不尽な死
別によるグリーフを乗り越えることなど簡単にできるわけがなく、
なんとか折り合いをつけていくしかない。そんなときに傍らに寄り
添ってくれる人がいることが何よりの支えになる。ひとりでかかえ
ず、わめくときはわめき、泣き叫ぶときは泣き叫び、誰かに支えて
もらえばいいんだよ。そうすればなんとか生き続けてゆけるよ。そ
のことだけよーく覚えておくこと。それが橋爪さんや是枝さんの教
えてくれたことの「肝」だったのです。
だからこそ、私たちは冷静に「不可避な死」について考える必要が
あるというのが今回の学びの大きな意義です。死の衝撃にフォーカ
スするのではなく、死を必然ととらえたとき、死者の人生、さらに
生前ともに生きた日々を思い、それを鏡として自らの生を考えるわ
けです。そのための仕かけの一つが、「人生楽ありゃ苦もあるさ年
表」を書くことです。約30年後、師の「死」に直面するというリア
リティの高い状況を設定し、それまで自分はどう生きているのか、
師の「通夜」に集まったとき、同級生たちとどんな話をするのか、
想像するには、その時点まで自分がどんな人生を歩んでいるかイメ
ージできていないとダメです。そんなの子どもには無理では……
そう思われる方も多いでしょう。大人ですら何十年後の自分を思い
描くことは難しいし、そんなこと意識せずに生きているからです。
しかし、子どもたちは、待ってましたとばかりに、口々に
「早く年表を書かせて」
と言うのでした。
未来年表を書かせるということは、キャリア教育の一環として決
して珍しいことではありません。しかし、師の死をきっかけとして
自分の人生をふりかえるという設定はあまりありません。とはいえ、
この設定が、どうしてここまで子どもの探究心に火をつけたかと
言えば、教師が自らのこれまでの人生とこれから歩みたい人生とを
赤裸々かつ率直に書き表し、子どもたちに見せたからでしょう。
「わあ、そんなことがあったんだ……」
うまくいったときもあれば、さんざんな目にあったときもある。
ただ成り行き任せで生きた部分があれば、じっくり考えて選択した
こともある。人生には浮き沈みがつきものだとわかり、自分たちの
これからの30年を考えるに当たって、気が楽になり、率直に書いて
みようと面白がる気持ちが刺激されたのでしょう。
「苦」を考えるなんて子どもにネガティヴなイメージを植えつけて
しまうんじゃないの?と考える人もいるかもしれません。しかし、
私たちは、理不尽なこと、いやなこと、失敗、恥と無縁に生きる
ことなどできません。そんなことがあっても、塞翁が馬ととらえ、
悔し涙を流しつつも、なんだこのやろう!と嘆きつつも、あきら
めずに粘るとその先に光明あり!というマインドセットこそ求めら
れているのではないでしょうか。
「苦」を「必然」として受け入れつつ、その先に必ず訪れる「束の
間の楽」「一期一会の楽」を目指す。そんなことが、「人生楽あり
ゃ苦もあるさ年表」を書くと見えてきます。
「ここでうまくいかないんだよね」
「ここで失敗するんだよ」
子どもが将来の「夢」について考えるときにこんなつぶやきをもら
すことはないでしょう。しかし、闇があるから光がわかるのたとえ
のごとく、自分に襲いかかるかもしれない「危機」を意識すること
で、その「危機」をも乗り越えたいと思うほどの「夢」かどうかも
明らかになるのです。映画にしろ、劇画にしろ、なぜそのストーリ
ーにのめりこみ、感動するかと言えば、波瀾万丈な人生がそこに描
かれているからではないでしょうか。にもかかわらず、「安定」し
た人生こそ「是」であり、そこからちょっとでも外れたら終わりと
いう「脅迫観念」が生まれ、世の中を支配してきました。しかし、
そもそも人生は予見不可であり、あれこれやってみて、うまくゆく
ときもあればそうでないときもあるけど、なんだかわからないが
このことに打ち込まずにはいられないというものを見つけて生き抜
いたときに、充実した生があると言えるのでしょう。
「おっちゃんはやりたいことやったんだ。しかし、まあぶざまな部
分満載だね。よくこれであきらめなかったね」
そんな”歩み”に触発されて子どもたちは、嬉々として年表づくりに
取り組み始めました。いったい、子どもたちはどんなことを考え、
どんな「人生」を描くのか……楽しみです。
RI
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