[3・4・5年生]
人類は、「原理」を発見すると同時に、その「原理」を「現実」に
「活用」し、「技術化」して生活を営んできました。アルキメデス
の偉大さは、数学的な“原理”を「発見」し、なおかつ“技術化”して
「発明」につなげたところにあります。そのアルキメデスの歩みを
たどり、体感することが今回の「探究」の要です。
そのためのミッションが……
子ども一人の「人力」のみで、重さ2トンの車を動かす
ということです!
ここまでずっと考えてきた定滑車と動滑車との組み合わせによって
「小さな入力でも大きな出力を発揮する仕組み」を実際に作り出さ
なければなりません。
「滑車をどうしよう……」
肝心の滑車をどこで手に入れるか……
買う?どこで?借りる?誰に?
まず、購入の可能性を探るため、ネットで調べてみると、工業用の
滑車は安いものは1万円ぐらいでした。
「高いなあ……」
そのうえ、かりに買ったとしても、この実験の後、使い道がありま
せん。
「山岳救助用の滑車があるよ」
ある子が、レスキュー隊が用いる滑車の存在を調べてきました。
登山やサマーキャンプで不慮の事態が起きたときに使えそうです。
しかし、値段は8千円ぐらいします。
じゃあ借りる?業務用の滑車レンタルでは、5000円ぐらいかかるうえ
に、一般の人には貸してくれないことがわかりました。
う〜ん、困った。車を引っ張るための「滑車」を用いた仕組みは設計
できたのに、「滑車」がなければ「絵に描いた餅」になってしまう……
「滑車について学んだ意味がないよ……」
ある子がぼそっとつぶやきました。
「本当にそうかな?」
すかさず、探究教師として、 perspective 転換を促す挑発的な“返し”
を行います。
本当に「滑車」がないとできないのか……「滑車」が手に入らなくても、
「滑車」の「原理」を活かせる「代用品」を思いつけばよいのでは?
現実場面では、予算・道具を始めとする数々の「制約」に直面します。
その際に、「ないからできない」ではなく、どう「工夫」して乗り越え
てゆくかが大事。簡単にあきらめずに、あれこれやってみて、事態を
打開してゆく力こそ真のアルキメデス的発想でしょう。
「レスキューの人はカラビナだけで救助してる」
さっき、救助用滑車の存在を見つけてきた子が、登山用のカラビナと
ロープだけで、人を引き上げることが可能だということも調べてきて
いました。カラビナなら安価で手に入りますし、火事で窓から階下へ
降りなければならないとき、川登りで押し流れそうになったとき、
おおいかぶさっている重い物をどかすとき、というように非常時に
応用可能な「技術」です。
ということで、カラビナとロープでいざ車を引っ張ることに挑戦!
場所は、とある公園の駐車場。天気は快晴!ギラツク太陽が暑い!
まず、車に結びつけたロープを引っ張ることから始めます。これで
車が動いてしまったら、元も子もないのですが……やはり動きません。
子ども1人では到底無理で、3人掛かりでやっと動きました。
そこでいよいよ「カラビナ」を使うことにします。子どもたちはこれ
までの学びの成果を大いに発揮し、あっという間に、5分の1の力で
ひっぱれる「仕組み」を作りました。
さあ、さっきよりは軽くなっているはず……ということで引っ張って
みると……びくともしない。なんかさっきよりも重くなったような気も
する。
えーっ?なんで?原理はばっちりなのに……これぞ「机上の空論」か
「問題」が起きたらすぐ「改善」!がっくりしている暇はありません。
引っ張っているときどんな「問題」が生じているのか、よーく観察して
みると……
表面がでこぼこしているロープを用いているうえに、カラビナの一点に
重みがかかってしまい、ロープがカラビナに食い込み、滑っていかない
ようです。これではどんなに引っ張っても車は動きません。カラビナの
数を減らし、ロープの摩擦を少なくしてみましたが、効果はありません。
車がスタックしたときカラビナとロープをうまく用いて引っ張り上げる
ことができるのにどうして……やっぱり「滑車」じゃないとダメなのか
なあ……
しかし、ここからがアルキメデスになれるかどうかの正念場。「弱音」
を吐きそうになっている子どもたちに対して、
“今こそあきらめずに知恵をしぼり出すとき!”
と鼓舞します。
車の「牽引フック」をよく見てみると、丸い形をしているうえに、表面
がツルツルしていて滑りがよさそう。ついでに、ロープも表面が滑らか
で滑りやすそうなものに変えてみたらどうだろう?「原理」はそのまま
で「装置」に用いる「道具」を変えてみる作戦に出ることにしました。
さあ、今度こそと期待を込めて精一杯力を出してひっぱると……ゆっくり
と車が動き出しました。
「やった!」
子どもたちから歓声が上がります。見事に子ども一人の力で車を動かす
ことに成功しました。
何度か繰り返すうちに、ひっぱり方のコツを子どもたちはつかみます。
動滑車の「原理」を活用して引っ張っているので、車の移動距離はわずか
なのにもかかわらず、ロープはどんどん引っ張っていかなければならない
のです。したがって、その場に立ち止まらず、どんどん先に歩き続け、
常にロープがピーンと張っている状態にしないと力が伝わらず、車が止ま
ってしまうことがわかりました。
「滑車が回るってすごいことなんだね」
ロープの動きと車の動きをじっとながめていた子が、思わず発した一言
です。ロープによる力の分散と滑車の回転運動とがあいまって、より効率
的に小さな力を大きな力に変換できる……滑車を用いなかったことで、かえ
って、滑車という「技術」の素晴らしさに気づいたと言えましょう。
「原理」を「現実」に「技術化」することの大変さと、だからこそ「発明」
された「技術」は偉大なのだと深く実感する素晴らしい「大滑車実験」と
なりました。
RI
※TCS2012年度探究テーマ一覧は、こちらよりご覧ください。