タイトル:個の尊厳
探究領域:自主自律
セントラルアイディア: 私たちは私たちのために生きている
[5・6年生]
「いろいろあったねえ」
「この店をヒットさせるには、大変だった」
「おまえもか。おれも会社を経営するって言ったっておれみたいなやつにできることなんか限られているから、本当に大変だった」
劇の中で、夢の料理人になり、ようやくレストランの経営が軌道にのりつつある子と、祖父のあとを継ぎ、機械の制御システムを開発する会社の経営に日々苦闘している子が、劇中で交わす会話です。
ただこうなりたい!と夢を語るだけでも、5・6年生としては上出来なはず。しかし、なりたいだけでは済まさず、そこにいたるまでのプロセスで何が起きるかをリアルに「追体験」する。これが「即興劇」の本領だ。
なかなかヒットメニューが生まれない……自分の味にはこだわるが、そこにお客さんが食べたいという発想がなかった……
そもそも技術がない……従業員をどうまとめてゆくかも大変……
「もし〜だったら」という「架空」の話ではなく、実際に自分の人生を「追体験」しているのです。
未来の人生を「追体験」する
なんか不思議に思うかもしれません。既に経験したことを「追体験」するのではなく、まだ起こるかどうかわからないことをリアルに経験し、これからの経験に生かすなんてできるの?
それができるのです。これが本気の妄想力というか、なりきることのスゴさです。
「おれはね、困ったとき、小さなことでもとりあえず、書きとめておくことをしてた。その積み重ねがあったからここまできたかもな」
「自分だけのことだけじゃなくて、相手のことも考えていかないとね」
キャリアを築きあげてゆくときに、自分のことだけ考えていてはダメ。とはいえ、自分の「強み」は思いきり発揮しないといけない。と同時に「弱み」も認識していないといけない。「強み」を生かし「弱み」とうまくつきあってゆくには「努力」が必要。その「努力」を、自分の怠け心が妨げようとする。その葛藤の中で、あるときは負け、さんざんな目にあい、あるときはなんとか乗り越え、なんとかここまできた。理不尽な目に会うのは避けられないが、そのときに自分がどう立ち向かってゆくかは決められる。「結局、自分の目の前にはいっぱい選択肢があってさ、その選択肢自体は『偶然』眼の前に現れるし、運命かもしれない。でもね自分がどの選択肢を選ぶかは『意志』なんだよな」
この発言だけ聞くと、子どもがこんなこと言えるの?と思うかもしれません。しかし、この議論は1週目に、人は意志を持って生きることができるのか?偶然とどうつきあってゆくのか?という問いによって考えたことでした。それが伏流水となって、今、こうして「即興劇」を通じて人生をシミュレーションして浮かび上がってきたのでした。
前途に苦労があるのは当たり前。それを賢く乗り越えてゆくのも当たり前。うまくいくときもあれば、鳴かず飛ばずのときもある。しかし、あきらめずに取り組んでゆけば、それが当初の目標とは異なっても、いつか、自分が納得できる地点へ到達できる。そのカギは「個」の強みと弱みをしっかり知って歩むことです。
「お互い大変だったなあ。やっと人生の折り返し点だね。さあ、これから人生後半をしっかり生きていこうぜ」
と実感して、再び、12歳の自分の戻るのです。
ひたすら即興劇を繰り返し、未来と現在とを行き来する「時間旅行」。このゆさぶりを通じて、「やってみたいなあ」という漠然とした思いつきが、より詳細で、現実的なイメージへと変化します。「劇」のレベルがどんどん上がってゆくのはもちろんのこと、彼らのシミュレーションの質も高まっていきます。子どもたちは、もはや子どもたちと呼ぶのははばかられるほど大人びています。りっぱなアラフォーの「おっちゃん」「おばちゃん」になっているではありませんか。
生きてゆくのは大変……でも、生きてゆくのは面白い……どんなことがあってもたくましく、しなやかに生きてゆこうという気持ちがみなぎっています。
私にできることはもはやありません。そろそろ私は「天」に登る潮時を迎えたということですね。即興劇そしてその後の弔辞。彼らの堂々たる雄姿が目に浮かびます。
RI
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