タイトル:詩人の旅
探究領域:意思表現
セントラルアイディア: 感性と情緒が凝縮された言葉は人の心を結びつける
[3・4年生]
今週は井の頭動物園へ旅に出ます。旅に出ると言っても今回の旅は出会う目的が決まっていました。詩の題材となる動物を見つけ、それをじっと観察するのです。
平日の動物園は、ガラガラです。落ち着いて動物を見ることができます。まずは、ひと通りめぐって、自分が気になる動物を探しました。晴れたうららかな日。動きが少ない動物が目立ちます。
「たいくつそうだね」
「ぜんぜん動かないや」
カピバラの夫婦は、近くで人がのぞいているのをまったく気にすることなく、悠然と眠りこけています。
一方、その近くにいるアライグマは、せわしなく歩きまわっています。うろちょろうろちょろ同じルートを歩き、くるっと反転するとき、首を妙にかしげるような独特の姿勢をします。
「なんか考え事してるみたい」
確かに、周りのことを気にせず思索にふけているように見えますね。
井の頭動物園でいちばん有名な動物と言えば、なんと言ってもゾウのハナコでしょう。70歳近い高齢ですが、最近、さらに神経質になってきたのか、外の運動スペースにもあまり出なくなってしまったようです。歯もほとんどなくなり、流動食しか食べられなくなっているとも書いてありました。鉄格子に囲まれた暗い部屋の中で、左の前足を少しあげて身体を規則的にゆらしています。時折、荒い鼻息を発し、何かを訴えているようにも聞こえます。
「どうして外に出ないのかなあ」
「逃げようとして溝に落ちて大けがしたことがあるんだって」
ハナコを見た子どもたちはとても複雑な気分になっています。狭く、暗いスペースで見世物のために閉じ込められているように見えるからです。外に逃げ出そうとしたエピソードを読んで、そりゃあ逃げたいと思うよなあと、ハナコの行動に自分の心情を重ね始めています。この瞬間こそ「詩心」が動き始めた瞬間でしょう。
どの動物も檻に閉じ込められているのは同じ。なのに、ハナコはなんでこんなにつらそうに、つまらなそうに見えるのだろう……サル山のサルは生き生きと遊んでいるように見えるし、リスは楽しそうにあちこち飛び回り、ひょうきんな姿を見せています。動物それぞれの動きの違い性質の違いが明らかになってきて、自分の心に響く動物が現われてきます。
ひととおり見てまわるとちょうど昼食タイム。さくっと腹ごしらえした後は、詩の題材としたい動物のところへいってただひたすら観察します。
実際の手触り、ぬくもりを膝に感じながら、ただモルモットを抱いている子……ハナコの目をじっと見ている子……アライグマの行く方向に一緒になって走ってゆく子……昼寝しているリス、エサを食べているリス、せわしく穴を掘ってエサを隠すリスとリス百面相を追い求める子……各自が、自分の選んだ動物をひたすら観察します。
観察のポイントは2つ。1つは、外見・行動を細かく見ること。もともとその動物について抱いていた先入観に縛られず、目の前にいる動物をよく見て、特徴をつかむことです。そして、もう1つは、相手の視点に自分をおいてなりきってみること。詩をつくる主語が自分ではなく、動物になることです。
詩は対象を見て自分がどう感じたかを書くものです。ただ、自分がどう感じたかということが、自分の見方だけに閉じていたり、おれはこう感じたからいいだろうと表現されていると、読み手・聞き手の心はまったく動きません。自分の感じた思いが、みなにも通じるだろうと思えて初めて、あるいは、相手の思いに自分がちょっとでもつながったと思えて初めて、共感を呼ぶ詩になります。旅に出るのは、自分というよろいに閉じている自分が、旅で出会った対象によって自ずと開いてゆくからです。
「おれがモルモットだったら、こうしていろんな人に抱かれていたらやだなあ」
「でもどうしてかみついたり、逃げたりしないんだろう」
「あきらめているのとは違うよなあ……」
「ひざにのっているときはおとなしいけど、どんなこと考えているんだろう」
おれだったらこうなのに、なんであいつはという発想
自分のよろいがとれ始めましたね。
もしかしたらあいつはこう考えてるのかなあ
相手の心の中に入り始めましたね。この後、ただ相手の心の中に自分の思いを侵入させるのではなく、相手の立場になりきって自ずと出現する言葉をつむぐことができるか。そうなったら一気に、芭蕉やワーズワースの末席に仲間入りです。
「おれ書くこと決まった。はやく書きたいなあ」
さて、明日は、旅に出てゆさぶられらた詩心を形にする作業に没頭しましょう!
RI
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