[5・6年生]
子どもたちが「死」についてどんなことを考えているかイメージ
マップを作って探ってみた結果、やはり、自分が死んだらどうなる
かということにすべての関心が向いていることがわかりました。
それも、自分の体が生理学的・医学的にどう変化するかということ
ではなく、自分が死ぬのは漠然と恐い気がするという思いや、死ん
だら死後の世界に行くのではないか……天国や地獄はどんなところ
か……ということばかりイメージしていました。
しかし、「死」について考えるとは、自分の死だけを考えることを
意味しません。自分の「死」は、自分自身で体験することはできず、
「死ぬかもしれない」という恐怖、「まだ死にたくない」という未
練の気持ちとともに、実は、私たちにとって切実な問題は、他者の
「死」に直面することなのです。もし自分にとって本当に大切な人
を「死」によって失ったら……もしかしたらショックで立ち直れない
かもしれない。親を亡くす。恋人をなくす。子どもを亡くす。友達
を亡くす。先生をなくす……自分に「縁」のある大切な人が、死に
よってこの世からいなくなってしまうとはどういうことなのか。
幸いにもこれまでそのような「死」を経験していない子どもたちは、
想像することが難しいようです。そこで、本を読み、映画を見て、
イメージを広げることにしました。
まず、読んだのは、『さようならエルマおばあさん』という写真本
でした。実在した方のドキュメンタリーで、余命わずかと宣告され
たおばあさんを、飼い猫が見守り、語るというスタイルで書かれて
いました。おばあさんの凛とした性格がにじみ出ている見事な白黒
写真とそこに添えられた、飼い猫の視点で書かれた簡潔な文が非常
に効果的です。
エルマおばあさんは、事も無げに、
「死ぬってことはね、魂が、この体を出てこことは別の世界に行く
だけなんだからね」
と家族に告げる。
「ああ、顔が変わってきた……」
ページをめくるにつれて、明らかに写真の中のエルマおばあさんの
体がやつれてきていることに子どもは気づきます。しかし、エルマ
おばあさんの気持ちは、ますます研ぎ澄まされてゆきます。
「わたしはね、これまでの人生で、いまがいちばん幸せだよ。いろ
んな失敗や、つらかったことも、いまはいい思い出だし、仲たがい
した人のことも、いまは許せるから。なぜその人が、あのとき、ああ
しなければならなかったのか、その理由がわかるようになったから
なんだよ……」
そして自分に死の訪れる日を見事に言い当て、従容としてこの世を
去りました。
「エルマおばあさんはどうしてあんなに冷静に死を受け入れられた
んだろう。自分にはちょっと無理」
素直な感想が飛び出します。その一方、
「自分しか知らない歴史は残しておきたいとは言ってたから、何か
を後に残したいという気持ちはあったような気がする」
という「本質に迫る意見」も出てきました。
自らの「死」を受け入れるにしろ、他者の「死」を受け入れるにし
ろ、何かを「受け継ぐ」という要素が重要なカギを握っているとい
う意味では同じなのではないかということが見えてきました。
そこで、次は、内田麟太郎さん作の絵本『なきすぎてはいけない』
を読み解くことにしました。この絵本の秀逸なところは、たかす
かずみさんの巧みに描かれた絵を、読み手がじっくりながめること
で、祖父を亡くした孫がその悲しみを乗り越え、やがて自分も成長
し、親となり、さらに祖父の立場に立って、自分が受け継いだメッ
セージを受け渡す流れをつかめるようになっているところです。
子どもたちは、作者の術中にはまり、細かく絵を読み解くことに
自ずと没頭し、世代から世代へメッセージが渡されてゆくこと。
そして、死という必然のもたらす理不尽に対し、思いっきり「泣い
て」発散してよいこと。でも「泣きすぎてはならず」、「笑って
いる顔」という”自分らしさ”を活かし、
「なくなったものはだれもいきているもののしあわせをいのって
いる。ただそれだけを」
という「祖父」からのメッセージを、まさに作中の「孫」と一体
化したかのように実感したのでした。
最後に、名優ジャック=レモンの遺作となった映画『モリー先生
の火曜日』を見ました。この本については、今さら多くを語ること
はないでしょう。スポーツジャーナリストとして有名な著者が、
筋肉の萎縮する難病になった大学時代の恩師を、毎週火曜日に見舞
ううちに、期せずして人生についての最終講義となった。いわば
「講義録」と呼べる記録をまとめたのが、この本で、全世界でベスト
セラーになりました。映画は原作より劣ってしまうのが常ですが、
これはとてもよくできた映画でした。長年会っていなかった恩師
との死による別れに直面し、自分の生き方を改めて見つめ直さざる
を得なくなり、どう生きてゆくべきか再考するようになってゆく
流れが淡々と描かれ、深い感動へと導かれました。
「……」
映画視聴後に子どもたちも私も完全に絶句。ただ感動したでも、
涙が出たでもない、これまでに感じたことのない不思議な感情に
とらわれたという感想をもらすのが精一杯でした。
大切な、自分に縁ある人の死を通じて学ぶことがある。それは
どういうことなのか、いよいよ次週から、死の悲しみの淵で立ち
直れなくなっている人をサポートする仕事に従事する橋爪さんへ
のインタビューや、これから30年どう生きて行くかを考える、
“人生楽ありゃ苦もあるさ年表”作りを通じて、『私たちは私たち
のために生きている』ということへの追究を深めてゆきます。
RI
※TCS2012年度探究テーマ一覧は、こちらよりご覧ください。