[6年生]
「あれっ?丸山先生かな」
子どもの一人がつぶやきました。約束の時間の5分前に待ち合わせ場所に到着した
のに、丸山先生はそれよりも前に私たちを待っていてくださいました。いかに遠くまで
投げるか?というメカニズムを科学的に解析するために身体運動のバイオメカニクス
を研究なさっている東京工業大学の丸山剛生先生の研究室を訪れました。
「さあ、これから解析装置を見せるよ」
丸山先生に先導されて体育館の地下へと向かいました。そこには、中心に舞台の
ようなところがあり、たくさんの赤外線カメラが設置されている大きな部屋がありました。
早速、丸山先生は、カメラのスイッチをONにして、装置の準備に入りました。
「どうやって解析しているかきみたちに体験してもらうからね」
子どもたちの表情が色めきます。まず、丸山先生は、舞台のようなところに上がり、
T字型をしたアンテナのようなものを振り回しました。モニターには振り回した軌跡が
赤い線になって現れます。画面上の距離から実際の距離を算出できるように、ものさし
となる棒をセンサーに感知させていたのです。
それが終わると、直径2cmぐらいの灰色をした球体を子どもたちに渡しました。
「これが赤外線をキャッチするマーカーだよ。からだのどの部分にマーカーをつけたら
人の動きをうまく解析できるだろう?自分たちで考えてごらん!」
さすが、科学者は探究者。丸山先生は子どもたちに簡単に教えません。
「肩はいるよね」
「ひじも……」
「手と足もだね」
子どもたちは、いろいろ考えながら、モデルとして解析される子の身体にマーカーを
付けてゆきます。全部で13個のマーカーをつけ、その子が舞台にのるとモニターに
マーカーを直線でつないで描かれた棒人間が現れました。
「わっ、すげえ~!」
舞台の上の子の動きと棒人間の動きが見事にリンクしています。
「でもなんか変だな……」
マーカーを腰ではなくおへその部分につけたので、身体の中心から両膝へと線が
つながった、妙に足長で、奇妙なバランスの棒人間になってしまいました。とはいえ、
肩、ひじ、手の動きはよくわかります。画面をよく見ていると、身体の動きに合わせて、
地面から上に向かって赤い矢印が伸び縮みします。モデルの子がジャンプすると、
着地時にぐんと矢印が伸びました。
「矢の長さが静止しているときの4倍ぐらいだろ。きみの体重は30kgなんだよね。
だったら着地時に120kgの力がきみの身体にかかったことになるよ。ごく短時間
だからなんでもないけど、長時間かかったら骨は破壊されちゃうな」
この装置では、単に身体の動きだけではなく、重力がかかることによってからだが
受ける床からの反発力を調べることができることがわかりました。それは、パフォー
マンスの改善だけではなく、故障しない動きを研究するために不可欠だということを
知りました。
解析装置についてレクチャー&体験をした後、“遠くにボールを投げるための科学的
メカニズム”についての講義です。力とは、物を動かそうとする勢いのこと。ボールを
遠くに飛ばそうと思うなら、どれだけ長い時間ボールに力を加えていられるかだという
ことを「ニュートンの運動法則」を用いて説明してくださいました。
「力=質量×加速度」という式の両辺に時間をかけて変形し、
「力×時間=質量×加速度×時間」となる。
「加速度×時間ってどういうことかわかる?」という丸山先生の質問にある男の子が
「速さかな」と答え、丸山先生もびっくり。
「ということは、質量×速さと考えればいい。ボールの重さは決まっているから、
ボールを投げ出す初速を上げるために、なるべく大きな力をなるべく長い時間
かけられればボールは遠くに飛ぶことになるね」
子どもたちは、「理解」できるかどうかではなく、言われたことをしっかり覚えておこう
と必死でしたが、だんだんウトウト……
「なんだ、眠くなっちゃったか」
丸山先生に言われ、はっとするやら顔を赤らめるやら。
最後に、丸山先生は、子どもたちに課題を出しました。
「ボールを遠くに投げる理屈はわかったらこんどはそれを実現するフォームだな。
きみたちどうやってそれを分析する?」
すかさずひょうきんな男の子が
「東工大で分析してもらう!」
丸山先生、思わず苦笑いで、
「それは君が東工大に入学したらだな」
と返します。
マルチカメラで撮影した画像をコンピュータ上の座標で数値化し、2次元画像を
3次元画像にすれば、身体につけたマーカーの動きを正確に分析できます。
しかし、丸山先生は、1台の家庭用ビデオカメラでも工夫すれば、投球フォームの
分析ができるというのです。ここまでの講義でへとへとで睡魔と闘っていた子ども
たちが、丸山先生の投げた「本質にせまる問い」で、がぜんやる気に火がつきました。
「頭に汗をかかないと教えないぞ」
丸山先生の“挑発”に、さらにスイッチの入った子どもたちは、必死に頭を働かせます。
「真横から撮影して、1コマずつ動かせばいい。1コマが60分の1秒だから、
何コマか数えれば時間がわかる」
「ストップウオッチでもいいよね」
「お、急に頭がさえてきたね。じゃあ、速さを出すために今、時間がわかったんだから
あとは何が必要?」
「距離!」
算数で習ったことを実際の場面で活用する機会が出てきました。
「じゃあ、距離はどう測る?画面の距離と実際の距離は違うぞ!」
丸山先生はたたみかけるように子どもたちに問い続けます。
「???」
しばらくたって、ある子が
「ものさしを一緒に写せばいい」
「お、いいところに気がついたね。どんなものさしを入れるかな?ぼくなら、たとえば、
方眼紙みたいにマス目をたくさん描いた紙を壁に張ってその前で投げさせるかな……」
とはいえ、座標上の点と点を結んだ斜線の長さをどう算出すればよいのか……
「それはね、ピタゴラスの定理を使うんだ!」
ピタゴラスの定理?それはいったい何なんだ?丸山先生の一言がさらに子どもたちを
ゆさぶります。
「まあそれは、宿題。学校に戻ってから調べてごらん」
あれだけ眠そうだったのに、算数苦手なんだよねとかつぶやいているくせに……
解かなければならない課題を自覚し、知りたいと心から思うものに出会った途端、
追究心は動くのです。
「スポーツは科学なんだ。それを忘れないでね。」
それが、丸山先生の2時間30分にもおよぶ熱血講義の閉めの言葉でした。
今、自分たちが追究していることを強く後押しするような本物の「現人」からの言葉
は子どもたちの心深くつきささったようです。すぐに理解できる話ばかりでなく、途中、
眠くもなり、疲れたけれど、頭に汗をいっぱいかいた充実感を抱いて、東工大のキャ
ンパスを後にしました。
丸山先生本当に有難うございました。
さあ、いよいよ来週から、これまで本で調べたり、「現人」から学んだことに基づいて、
実践を開始です。
RI
※TCS2010年度探究テーマ一覧は、こちらよりご覧ください。