悲惨な世界大戦の後、世界中のすべての人々が「人権」を持つことを目指す宣言が生まれました。それはどういうものなのでしょう。

[5年生]T6-2 " /> 悲惨な世界大戦の後、世界中のすべての人々が「人権」を持つことを目指す宣言が生まれました。それはどういうものなのでしょう。

[5年生]T6-2 "> 悲惨な世界大戦の後、世界中のすべての人々が「人権」を持つことを目指す宣言が生まれました。それはどういうものなのでしょう。

[5年生]T6-2 "> 世界人権宣言 – 東京コミュニティスクール

特定非営利活動法人 東京コミュニティスクール

東京コミュニティスクール

03-5989-1869

school@tokyocs.org

〒164-0001

東京都中野区中野1-62-10

東京コミュニティスクール

世界人権宣言

タイトル:Borderless World
探究領域:共存共生
セントラルアイディア:「人権は自由、正義及び平和の基礎である。」

[5年生]

多くの犠牲者を出し、世界中が戦火に見舞われた悲惨な戦争の後、人が人として生まれただけで誰もが自由で、差別なく扱われることを認めようという機運が生じました。こうして国際連合ができ、世界の人々が「人権」を手にする未来を目指そうと宣言しました。1948年12月10日の国連総会で採択された「世界人権宣言」です。

un-meeting-10-dec--48-_ja.jpg

いったい世界人権宣言とはどういうものなのか。ひとつひとつ丁寧に追ってゆきました。ユネスコは人権教育を浸透させるために、子どもにも理解できる言葉で世界人権宣言を書き直しています。その日本語訳は、文部科学省のウェブページから手に入ります。これをプリントアウトして、みんなで読むことにしました。

「あたりまえのことばかりだよね……」

差別しない、拷問しない、どこに住んでもよい、職業を選べる、男だから女だからと言って扱いを変えない、みなが政治に参加できる……確かに人権宣言で保障しようとしている内容は、日本国憲法で言えば「基本的人権」に当たり、子どもたちからしてみれば、理解することが難しいものはひとつもありません。むしろ、守られてあたりまえのものばかりで、なぜそれが守られないのか不思議で仕方がないという様子でした。

そこで、逆に問い返します。

「なぜ、このあたりまえのことをわざわざ宣言したのかな?」

すると、すぐに、人権を無視して支配しようとする人や国があるからだと答えます。しかし、自分たちにはあまり関係ないな、人権が守られていない人は可哀想だなという意識しか持てていないことが明らかです。それを責めるわけにはいきません。ただでさえ、TCSの子は、恵まれた境遇の子ばかり。飢えるとか、仕事がないとか、自由に何かができないということを人生の中で実感したことがありません。せいぜい、自分がしたいと思っていた遊びを親にやっちゃいけないと言われたとか、友達との言い争いで自分の言い分が通らなかったという類のことしか経験していないのです。これでは、われらごととして人権をとらえるということは難しいでしょう。

ただ、映像の世紀を見て、強い国、お金を持ち、権力を支配している層が、個人を尊重しないで、戦争に走ったり、虐殺したりという歴史があったことはわかっています。また、テレビなどで報道される、北朝鮮の情勢や、ISの問題、シリアの紛争、難民の発生ということが今、起きているという事実は認識しています。

「積年の努力と不断の努力。この2つの努力があったからこそ今がある。でも、それはあたりまえではない」

こう語りかけると、少しだけ子どもたちの心も動きかけます。これまで先人がたくさん血を流し、苦労した歴史の上に今の自由があること。そして、今、自由だからと言って、安逸さにまぎれて、ぼやっと生きていれば、知らず知らず自由は制限されてゆくこと。そんな状況に生きていることは理解してくれたようです。しかし、やはり実感がわかないようです。

「みんなが手にすることなんて無理だよね」
「だって悪い人は消えないでしょう」

彼らの頭は、まだ「遠い世界」のこと、自分とは関わりないところで起きていることとして人権問題をとらえているようです。さらに、自分の力でなんとかしようと思っても変えることなんか無理じゃないの?というあきらめがうっすらと見えてきます。

ここは挑発のしどころだな……

「きみたち『公共の福祉』ってわかる?」

日本国憲法の基本的人権に関して、個人が権利を濫用しないように、みんなの迷惑になると思われたとき、権利を制限できるとしていることに触れます。都合が悪くなったとき、権力者は、個人の権利を認めなくてもよいような「言い訳」ができるようになっているのです。これには、さすがに子どもたちも敏感に反応します。

「じゃあプライバシーとか無視してスパイとかしてもいいんだ」
「それが公共の福祉を邪魔する!っていうふうにすればできるんじゃない」
「ずるいよ」

だから、私たちは、基本的人権を守るべく、政治家や権力を持つ者たちの動向をしっかり見張らなければならない。でも「情報公開」され、私たちにガラス張りになっていない限り、見張ることはできません。

「表現の自由と知る権利って大事だよね」
「でもそれがどんどん制限されてきてるよね」

政府が番組の内容にまでいちいち口をはさめるようになったり、特定秘密を保護するという名目で、情報公開をしなかったり、反政府的な活動を口にしただけで共謀罪で訴えることができるようになったり、さらには、非常時には憲法を超えて、政府が命令を出せるというような法解釈の変更にも着手している。せっかく手にした人権が、いまや守られるどころか、失われる方向に進んでいる……ようやく「人権」が自分たちにも深く関係していることを実感し始めました。

決して対岸の火事じゃない。自分の身のまわりに関わることだし、自分が他者の人権をふみにじっているときも、逆に自分の権利をふみにじられることもある。加害・被害どちらの立場にもなり得る問題だと気づいたようです。

来週は、人権問題の現状について、さらに理解を深めてゆきます。

RI

TCS2015年度探究テーマ一覧は、こちらよりご覧ください。

Comments are closed.
アーカイブ